アメリカで働くコンサルタントの本棚

主にM&Aやグローバルビジネスに携わり、USCPAを取得。仕事や自己啓発で役に立つ本や情報等を紹介します。

富士ゼロックス不適切会計 - リース取引の問題点

先日、富士フィルムHDの第三者委員会による調査報告書が公表されました。 

富士ゼロックスの海外販売子会社の会計処理に関する調査報告書

http://www.fujifilmholdings.com/ja/investors/pdf/other/ff_irnews_20170612_003j.pdf

 

富士ゼロックスのニュージーランド・オーストラリア子会社が行っていた不適切な会計処理の結果、最終的に累計 375億円(2011.3-2016.3月期)の決算修正を余儀なくされるという影響が大きい事案でした。この不適切会計の中心になっていたのが、リース取引でした。

 

今回は、このリース取引の問題点について詳しく見てみたいと思います。 

リース取引の分類

リース取引は、一般に貸手が建物、設備等を一定期間に亘り使用する権利を与え、借手は使用料を支払う取引をいいます。米国会計基準では、リース取引は

  • Capital Lease(キャピタルリース)
  • Operating Lease  (オペレーティングリース)

の2つに分類されます。本件では、富士ゼロックスの海外子会社はオフィス機器等を顧客に提供する際にキャピタルリースとして会計処理を行っていました。

  

キャピタルリース取引の条件

米国会計基準では、キャピタルリースに分類されるためには次の4つのいずれかの条件を満たす必要があります。 これらはUSCPA受験に際しても必ず学習します。 

  1. Transfer of Ownership: リース期間終了時、所有権が借手に移転する
  2. Bargain Purchase Option: 割安購入オプションを借手が保有している
  3. 75% of remaining life: リース期間がリース資産の耐用年数の75%以上を占める
  4. 90% of FMV:  最低支払リース料総額の現在価値が、リース資産の公正価値(FMV)の90%を超える

 

加えて、以下の条件を満たしている場合にキャピタルリースに分類されます。

  • a) 最低支払いリース料総額の回収が合理的に予想できる
  • b) 借手から回収できない追加コストが発生する不確実性がない    

 

今回のリース契約では、主に3) リース期間及び4) 最低支払リース料総額の現在価値、及びa), b)の2つを満たしているかが重要な判断ポイントでした。   

 

今回のリース取引の問題点 

本件で、富士ゼロックスの海外子会社はキャピタルリース(うち販売タイプリース)を適用していましたが、これはリース取引開始時に最低支払リース料総額の現在価値が一括で売上に計上される、という特徴があります。

一方、オペレーティング・リースは取引開始時に会計処理は発生せず、実際に顧客からリース料の支払いを受けた時に売上が発生します。

 

したがって、キャピタルリースの場合、顧客からリース料を受け取る前に多額の売上が計上されるため、上述の条件を満たしているか(確実にお金を回収できるか)、という点が非常に重要になってきます。

 

本件のリース取引では、契約書に契約期間、料金設定、契約解除時の扱いが規定されていました(所有権、割安購入オプションは含まないため、条件1, 2は該当しない)。 

ここで、実際の料金がどのように決まるがポイントでしたが、 

  • 毎月の料金=実際の使用量 × レート(目標数量を基に設定された単価)  

となっており、顧客には毎月、一定の料金を支払う義務(ミニマムペイメント)は課されていませんでした。したがって、条件3も該当しないことになります。

 

それでは、最後に条件4の"リース期間"を満たすか、という点ですが、ここに落とし穴がありました。

標準契約書上は、中途解約時には"目標数量(ターゲットボリューム)を基に計算した残りの契約期間分の残高=ペナルティを支払う"ことが規定されており、かつ

  • Sole Supplier条項: 顧客が競合他社のプリンタを導入したら契約違反となる
  • Rightsizing条項: 目標数量に達しなかった場合、富士ゼロックスは機器の撤去・変更、または単価変更を行うことができる   

という富士ゼロックスにとって優位と思われる条項が含まれていました。したがって、これらの契約条件を前提に、富士ゼロックスでは「キャピタルリースに該当する」と判断して会計処理を行っていました。 

 

しかしながら、実際の顧客との取引を調査したところ、

  • 新たな売上獲得を目的に、リース契約期間の満了前に更新が頻繁に行われており、契約上の期間と実際のリース期間は一致していなかった
  • 契約更新または解除時にも、顧客に対して実際にペナルティを請求したケースは殆ど無い
  • Sole Supplier、Rightsizing条項は顧客との合意が必要であり、富士ゼロックスに無条件に権利が認められているものではない(顧客が認識していない)

などの実態が明らかになりました。

加えて、当初の売上計上時に使用していた目標数量(ターゲットボリューム)について、海外子会社の経営陣は「新規顧客の場合は経験豊富なアナリストが評価・決定し、既存顧客は実際の使用量に基づき設定している」と説明していたものの、実際には多くの契約で目標数量を下回っていました。

 

こうした点から、本件では海外子会社の経営陣がリース取引を悪用して、意図的に売上を過大計上したと見て、本格的な調査・対応に至ったものです。

 

 

最後に、本件は海外子会社の不適切な会計処理に伴う多額の決算修正にとどまらず、富士フィルムHDを含めたガバナンス体制の刷新等も行われました。

背景には、海外子会社の経営に関する権限・ガバナンスを集中させ過ぎたこと、売上の比重が高い報酬体系、富士ゼロックス役員による隠蔽体質等の大きな問題もあります。これらに関しては、別の機会に記したいと思います。

 

(補足)

今回の調査報告書は、企業が公表した資料の中でも大変詳しく書かれています。また調査・関係者へのインタビューに加えて、ITを活用するデジタル・フォレンジックも実施しており、大変参考になります。ご興味のある方はぜひ一読されることをお勧めします。